デザイン事務所のONとOFF

群馬県高崎市を拠点に活動するデザイン事務所「TROiSDESIGN~トロワデザイン~」のスタッフブログ「デザイン事務所のONとOFF」である。群馬美少女図鑑編集部ブログも兼ねる。

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カフカから見えるドイツ文学と、写ガールとの関係

群馬美少女図鑑には
「写ガール ~shagirl~」という、小説の枠を設けている。
映画を作る感覚で、映像の代わりに写真を物語とコラボレーションさせた。

ここで執筆を担当しているのが、WEB小説で活動中だった、作家の「HERE」さん。
そして、写真を担当しているのが、編集部のなかでも読書とは無縁のデザイナーGUU。



一口に小説といっても、さまざまなジャンルが存在する。

で、世界に目を向け分析を図った。
たとえば、日本では長い事「私小説」というジャンルが支配的だったように、
どのジャンルが栄え、またどのジャンルを売り出していくかが、
国によって異なるということがある。

僕の勝手な解釈で分類を計った。
アメリカ・・・【ファンタジー】
イギリス・・・【ミステリー】
フランス・・・【官能、社会小説】
ドイツ・・・・【教養小説】
日本・・・・・【私小説】

現代の文学界でこういった分類は御法度のようにも感じる。
時代に沿って変化を遂げる世界に、ジャンル分けほど見苦しいものはないのかもしれない。
過ぎてしまった“かつて”のジャンルは「近代小説」としてこの場は括ろう。

で、この「近代小説」の変化を、もう少し掘り下げてみたらどうなるだろう。
近代から現代へ。果たして世界はどう変わってきているか。



まずは、アメリカ。
アクション、ホラー、サスペンス、スペクタクルと、
ハリウッド的想像力に相応しいものが、これからも書かれてゆくだろう。
ファンタジーというジャンルは、今の時代に沿った、おそらくは唯一のジャンル。
まー善くも悪くも、トレンドで商業的要素のある、この「ハリウッド文学」に
未来を生き抜く力はあるように感じる。

つぎに、イギリス。
正直、ここはかなり疎い。イギリスの現代小説とかって言われても、何も思い浮かばない。
近代なら、「シェイクスピア」「オスカーワイルド」など奇才な作家を連想するが、
もはや印象は『ハリー・ポッター』『ロード・オブ・ザ・リング』などのファンタジー小説。
世界中で読まれ、映画化されれば売れる。
このような現状に、イギリス文学の色を感じても仕方ない。

そして、フランス。
フランスといえば、「ミシェル・ビュトール」「ナタリー・サロート」などのヌーヴォー・ロマン。
文学界・映画界に及ぼした影響は、本当に凄まじいものがある。
エゴの押しつけが美学とさえ思われた、伝統的な作風とは反して、
冒険的、実験的に、読者の創造(想像)心をくすぐるあのタッチは、
全世界の文学界・映画界を変えてしまったようにも感じる。

で、ドイツを飛んで日本。
ライトノベルズなどのセカイ系は、涼宮ハルヒシリーズで、
確実に世界的な文化を巻き起こしたと思う。
私小説がなければ、このセカイ系は生まれなかっただろうし。
アニメ(漫画)文化のある日本だからこそ、生まれたジャンルではないかと思う。
「有川浩」「桜庭一樹」など、やはり人気は高い。

あえて最後に、ドイツ。
教養小説後のドイツ文学は、はっきり言って不透明。
確実なものなんて何もない。
でも、他国が一応ではあるが“トレンド”や“クセ”を生み出しているのだから、
ドイツにも、それは「必ず存在する」と、勝手に思っている。

またまた個人的な解釈ではあるが、
人間「フランツ・カフカ」にその理由が隠されているのではと感じる。
ドイツ文学の象徴というより、あえて人間としてのカフカの魅力を、
ドイツ人全体の民族性から社会性を見出してきたんじゃないのかって感じる。
ただ、そんな事を肯定する事はできない、許されない。
いかなる文献をあさっても、きっと何処にも記されてはいないだろう。
それは、彼がチェコ人であり、ユダヤ人であったから。
そんな事を認める訳がない。
でも、現実にカフカの物語は確実に世界に浸透している。
その上をいく、ドイツを代表する作品が、果たしてどれだけあっただろうか。
僕の記憶にはない。
ドイツの文学界の縮図は、カフカ無しでは語れない。



さて、世界の文学に目を向けて、ここに綴っていく事で見えてきたものがある。
「写ガール ~shagirl~」で、何を訴えたいのか、何を生み出したいのか、
きっと、そんな事はどうだっていいのだ。
人間「HERE」と、人間「GUU」の、細部までとことん拘ったプライドを
全身全霊でぶつけてほしいっていうのが、僕の本音です。
たとえ、それが受け入れられなくても、いずれ群馬美少女図鑑の色となると。
ジャンルを越えた、新たな文学。
それは、単に人間を表現していく事なんじゃないかな。



裸になれ。そう裸に・・・



MiCKY
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コメント

成程ね~。

ミッキーさんこんにちは。
産経新聞はまだ図書館にあるかなーとか考えているセイです。

イギリス文学の件ですが、まぁ、日本人に限らずですけども、「イマ」の人々は見事に「色を感じても仕方ない」と仰られるようなものに踊らされてますけどね(笑)
そっちが大多数な様な気がするから、ミッキーさんみたいに「ちゃんと」(っていったら語弊があるかもしれないけれど)考えてる方はマイノリティに属しちゃうのかしら。
でも、あたし、指輪物語もハリーポツタアも好きなんですけどね(笑)

私小説の類も実は好きなんですが。それこそ特に古きよき時代の、ってそんなのどこまで?っていう話になるけれど。
活字が読めていれば、読み漁っていたでしょう、ここ何年か。
カフカだって、読みたいけど読めない。今はね、まだね。
だからそれについては何とも言う資格もないですが、いずれきっと!という所存でいます。

>セイさん

こんにちは。いつもコメントありがとね。
個人的には、カフカって若い頃読まない方がいいって思う。
実際、高校の時に読んで相当堕ちたからね。
冷たい男って思われるのは、きっとその影響かもしれない。
でも、しれーっとしてるけど、結構熱いもん持ってたりします。

近代の英文学を、オスカーワイルドとシェイクスピアで括っちゃった事で、ブログが炎上するんじゃないか、実は内心ビビってた(汗)
まー、あくまで三木のエゴ的解釈なんで、さらーっと流してほしいかな。

カフカを読む前に、是非カミュの「異邦人」を読んでください!かんあーりお薦めです。己のバイブルかも。

活字の壁とっぱらえたときには是非に。カミュね。

あの…、いつもコメントしてしまってむしろすみませんね。
さらっと流してください。面倒くさいだろうから。

あとね、炎上とか恐いけれど、いいじゃない。
言論の自由なんてこと掲げて、言いたいこと発信しちゃえばいいんじゃないですか。
出すか出さないか、三木さんらしく後悔しないほうを、そのときそのときで選んでゆくのが素敵なのではないかと思います。
もうとっくにそうしてるとわたしには思えますけど。
ブログなんて、日記なんて、自己満足でしょ?エゴでしょ?
ふーん、三木さんはそう考えるんだ、わたしはこう考えるけどね、って読み手が何かしら感じてくれたらそれでいい……ってわたしみたいなホウケは単純にそういうスタンスでいますの。

>セイさん

まーもともとかなりの自己中、エゴ全開男なんでね。クリエイターはみんなそんなもんさ!遠慮とか、気遣いとか、あんま好きじゃないし、やろうと思ってもきっと下手だろうし。全力でぶつかるのが、己のスタンス。多分、これからもそれは変わらないよ。

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TROiSDESIGN(トロワデザイン)という屋号に弊社の経営理念が込められています。trois(トロワ)とは仏語で「3」を意味します。

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広告物や誌面制作などは、イラストレーション・撮影・執筆の素材すべてを各社に依頼し、それをデザイナーが創り込んでひとつの作品が生まれます。しかし弊社は、それらを社内ですべて請け負い、更なる高みに持っていこうと考えました。それぞれが互いに連携しあい、最終的な構成を頭に置いて制作にあたります。全てが異分野であった「3つ(trois)」のカテゴリが出会い、「合体(design)」する。それを経営の理念に込め、また創業者である三木の「三」に因んで、屋号を『TROiSDESIGN(トロワデザイン)』としました。

小文字の「i」が伝えるもの

数学において「i」は虚数単位を意味します。虚数単位とは二乗して「-1」になる数の事を表します。オイラーの関係式で「iは無限の力を持つ超越した変換者」という人格を表すそうです。「自分の可能性に制限など持たず常に変わり者でありたい」という意味を込めました。また「identity(アイデンティティ)」の「i」にも因み、「自己同一性」という直訳をより発展させた解釈としてとらえてます。「本来自分の中に存在する秘められた“もうひとつの自分”に出会うことができたならば、想像もつかない素晴らしいidea(アイデア)が生まれる」という思いを込め、あえて「i」を小文字で独立化させました。

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